金沢大学 医薬保健研究域医学系 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学

HOME
メッセージ/医局の活動 001 


共同幻想を疑おう


 アストロバイオロジー的には、「文明」とは人類が生物圏から飛び出して人間圏を作って生きるようになった時に始まったと解釈されます。この人間圏の誕生は今から1万年前、人類が共同体を形成し農耕牧畜によって増え続ける人口を賄い、自給自足する解決策を手に入れたことで可能となりました。そして共同体を形成して運営していくためには、現生人類の卓越した言語(会話)能力が必須の条件であったと考えられています。言語(文字)は我々に多くのものをもたらしました。論理的な思考を行い、得られた知識を空間と時間ついには世代を超えて伝えることが可能となりました。まさに「言語は第二の遺伝子」として文明の飛躍的な進化に貢献しました。我々耳鼻咽喉科医が専門とする耳や咽喉頭が、文明をもたらし発展させてきたことに思いを馳せる時、これらの機能を守ることの重要性を改めて感じます。

 ところで我々は、言語を通じて外界を投影した内部モデル(幻想)を作成するわけですが、この幻想が集団の構成員間で共有される場合には「共同幻想」となります。共同体を形成維持するにあたり、共同幻想は必要不可欠ですが、時には誤ったまさに「幻:まぼろし」が共有されることもあり要注意です。特に前世紀以後の共同幻想の多くはマスメディアによって恣意的に形成されてきたことから、「世の中の常識」という名の共同幻想を疑うことが必要です。

 最近気になる共同幻想として、「自分は死なない、治らない病気はない」と思っている人が増えてきているように思われます。不老不死をむなしく追い求めた秦の始皇帝と同じ過ちを、現代に生きる多くの人が繰り返しているわけです。たとえ心疾患が全て治る病気となっても、寿命は3歳半しか伸びないと試算されています。もう一つ、「各界の権威の喪失」これもマスメディアが作った改めるべき共同幻想ではないでしょうか。社会秩序を維持するためには本来、プロフェッショナルとしての権威は必要不可欠です。昨今の医療を取り巻く問題(医療崩壊)の根底には、専門集団である医師の権威の喪失と、それに伴う暴走した民衆心理(権威を失ったものへの理由のない憎悪)があるように思われます。かつての医師像のように無闇と威張る必要はありませんが、今必要なのは「医師の権威の復活」です。

金沢大学 耳鼻咽喉科・頭頸部外科
伊藤 真人