金沢大学 医薬保健研究域医学系 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学

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研究室紹介 [各分野紹介:頭頸部] 
 

頭頸部腫瘍学分野


スタッフ:吉崎教授、脇坂講師、近藤助教、遠藤助教、中西助教
 
 

上咽頭がんの転移促進機構に関する研究

 
 上咽頭がんの発がんとEpstein-Barrウイルス(EBV)との関連については今や疑う余地はありませんが、当教室では特にEBV関連潜在感染遺伝子であるlatent membrane protein 1(LMP1)に着目し、LMP1による腫瘍細胞の浸潤・転移促進作用について継続的に研究してきました。

 
 その結果、LMP1がmatrix metalloproteinase 9, matrix metalloproteinase 1, vascular endothelial growth factor, interleukin 8, fibroblast growth factor 2など腫瘍の浸潤や転移に重要な様々な因子を誘導する事を証明しました。

 以上をもとに現在以下のプロジェクトを鋭意遂行中です。

 

1. 上咽頭癌「癌幹細胞」性と「細胞競合」


  近年注目されている「癌幹細胞」に焦点を置き,上咽頭癌における「癌幹細胞」について研究を行っております。「癌幹細胞」とは、癌細胞の中に少数の幹細胞様の癌細胞が存在しそれらが複製を繰り返すことで癌が増殖するという理論です。私たちは、LMP1を正常上咽頭細胞に導入することで,「癌幹細胞」性が誘導されることを発見しました。このモデルを使用することによって、単にウィルス癌蛋白によって癌幹細胞を作成することに成功しただけでなく、いわゆる一般的な「癌幹細胞」性を解析するツールとして有効です。このモデルを基に、正常細胞による前癌病変および癌幹細胞制御という新たな癌治療の分子基盤を構築することを目標として,現在,このモデルを用いて癌幹細胞と周囲正常細胞の相互作用,「細胞競合」現象について研究中で、更に上咽頭癌の発がんメカニズムを解析を進めています。

 

2. RAGE誘導による血管新生リンパ節転移促進


 receptor for advanced glycation end products (RAGE)蛋白は免疫グロブリン・スーパーファミリーに属するマルチ・リガンド・レセプターで、近年、糖尿病あるいは腫瘍における病的血管新生に深く関与していることが示されました。当教室では、RAGEもLMP1をキーとする血管新生の誘導に深く関与していると想定し、上咽頭がん組織標本では腫瘍細胞におけるRAGE蛋白の発現がLMP1の発現および腫瘍内血管新生と有意に相関すること、さらに上咽頭上皮由来細胞においてLMP1の発現がRAGEの発現を誘導すること、を示しました。以上からRAGEが上咽頭がんにおいて血管新生促進因子すなわちリンパ節転移促進因子であることが判明しました。


 

3. 上咽頭がんの免疫回避機構に関する基礎的研究

 
 上咽頭がんは抗原性が弱い限られたEBV関連蛋白(EBNA1, LMP1, LMP2A)を発現しています。潜在感染は、これら抗原由来のepitopeを認識する細胞障害性T細胞(CTL)によってコントロールされていますが、上咽頭がんではこれらのepitopeに対応するCTLの機能が明らかに抑制されており、その結果上咽頭がん細胞はCTLの監視を逃れることが既に判明しています。
 当教室ではLMP1が抗原提示されにくい原因の解明のための基礎的研究にも取り組んでいます。その結果、LMP1の抗原提示を妨げている責任部位がLMP1蛋白のN末端にある事が判明しました。この事実は、N末端を介してLMP1が細胞内で凝集する事、LMP1によるNF-κBシグナル活性化に凝集が必須条件である事、から興味深い事実であります。今後はLMP1のN末端に注目しつつ、上咽頭がんの免疫回避機構に関する研究を進めていく予定であります。


 

4. 上咽頭癌とエクソソーム

 
 腫瘍を取り巻く微小環境は、腫瘍病態生理学において重要な役割を担っており、それらについての研究は現在注目を集めています。腫瘍細胞から放出される微小胞やエクソソームを経由し間接的な細胞間相互作用を行っていることが近年の研究により明らかになっています。エクソソームとは直径が30-100nmの分泌小胞体であり、内部に広範囲の機能性タンパク質やmRNA、microRNA(miRNA)を含みます。免疫細胞や腫瘍細胞などの細胞腫から能動的に放出され他の細胞へ取り込まれることにより、エクソソームに含まれる機能性タンパク質やmiRNAが伝達されます。我々はLMP1によって誘導されたタンパクがエクソソームに取り込まれ、それがレシピエント細胞へと伝達されることについて発表しました。今後、患者血清中のタンパク質やmiRNAがバイオマーカーになりうるか検討していく予定です。

 

5. 上咽頭癌とオートファジー


 オートファジーは、栄養の確保や細胞内に生じた不良物質の除去を目的として、細胞内部の物質を分解する働きのことで、発癌や感染症、神経変性疾患、糖尿病など多岐にわたる疾患に関係しています。正常細胞において、オートファジーは発癌に対して抑制的な働きをしますが、細胞が一旦癌化すると、オートファジーは癌細胞増殖に必要なエネルギー供給を行ったり、細胞死を回避したりと、癌細胞の増殖・進展に寄与する働きをしてしまいます。
頭頸部癌は化学療法や放射線治療に感受性が高く、外科的切除が困難な場合もあり、治療に化学療法・放射線療法が選択されることがたびたびあります。さらなる化学療法の治療効果向上のため、我々はこのオートファジーと癌の関係に着目しました。その結果、オートファジー抑制物質が抗癌剤の効果を増強させ、上咽頭癌細胞の増殖を抑えることがわかり、オートファジーの調節が新たな治療戦略となる可能性が示唆されました。

 

6. 上咽頭癌の新規バイオマーカーに関する研究


 上咽頭では化学療法と放射線療法による十分な局所制御を図ることが重要です。遠隔転移が他の頭頸部癌と較べて高頻度なため、欧米では化学放射線療法に続き補助化学療法を行うのが標準的です。しかし、化学放射線療法に続いて補助化学療法を施行することは治療毒性が強く、日本を含むアジアでは補助化学療法は行われないことが多い様です。そこで、化学放射線療法が終了した時点でバイオマーカーを指標として、腫瘍残存リスクが高い症例にのみ補助化学療法を施行できれば、腫瘍残存リスクが低い症例の負担を増やすことなく、局所および遠隔転移制御による予後の向上が期待できると考えています。
 ほとんどの上咽頭癌は、Epstein-Barrウイルス(EBV)の潜伏感染が発癌要因です。現在、最も鋭敏バイオマーカーである血中のEBV-DNAコピー数定量法は、EBV-DNAが死細胞に由来するため生きた上咽頭癌細胞の活動性を必ずしも反映しません。さらに血中のEBV-DNAコピー数は腫瘍体積と比例するため、治療後に癌が肉眼的に消失した症例では微小な癌が残存していてもEBV-DNAの同定・定量は困難です。
 近年、上咽頭癌細胞からEBV-encoded small RNAs (EBERs)や、BamHI A rightward transcripts (BART miRNAs)などのEBV関連RNA (EBV-RNA)が細胞外に分泌され、血中でも同定されることが明らかになってきました。そこで、私たちは、治療後の癌細胞残存の有無を判定するには、腫瘍体積と比例するEBV-DNAよりも、腫瘍体積によらず生きた癌細胞から活動的に産生・分泌されるEBV-RNAを血中バイオマーカーとする方が優れていると考え、その様なEBV-RNAについて基礎研究中です。
その一方で、近年特殊なシリコンチップを用いて、血中循環がん細胞を検出するシステムが報告されており、このシステムが上咽頭癌のバイオマーカーとなりえないか検討中です。このシリコンチップを改良して、EpCAMを標識としたシステムに加え、EGFRを標識としたシステムを構築し、精度の向上を目指し、上咽頭癌を中心に広く頭頸部癌で解析を行っています。


(CTC chip)
 

頭頸部癌発癌における遺伝子変異


 Activation-induced deaminase (AID)やAPOBEC3は、遺伝子に変異を誘導する酵素であり、ヒトの内因性免疫に深く関与しています。これらのサブファミリーに着目して、現在、頭頸部癌における発現の程度を解析するとともに、実際に機能的に遺伝子変異を起こしているのか、当大学分子遺伝学 村松正道教授との共同研究を行っています。これまで、ヒト乳頭腫ウィルスと中咽頭癌に着目して研究を進めてきました。その結果、APOBEC3は、通常はウィルス排除の方向に働きますが、偶発的にウィルス遺伝子に変異が入ると逆に発癌を助長してしまう事を発見しました。さらに、上咽頭癌についても現在解析中で、腫瘍ウィルスによってその性質や程度に差異がないか検討中です。また、これらの内因性免疫を誘導する外的刺激因子についても検討中です。

 

新規開発抗癌剤の臨床応用に向けた研究

 
 シスプラチンは頭頸部癌に対する抗癌剤治療におけるキードラッグの一つです(下図)。しかし、その副作用として腎機能障害があり腎機能の低下した患者さんには使用できません。また、骨に転移・浸潤した場合やシスプラチンに耐性化し再発した場合には効果が減弱してしまうという問題点があります。そこで、その問題点をクリアすべく従来のシスプラチンを改良した次世代の新規抗癌剤が開発されてきています。
 
@NC-6004は東京大学工学部にて開発されたミセル化シスプラチンです。シスプラチンを高分子ミセルに内包する(右図)ことで腫瘍組織に選択的に集積し、抗腫瘍効果を高める一方、腎機能障害などの有害事象を軽減させたことに成功しました。当教室ではin vivo(フラスコ内の細胞実験)とin vitro(マウス実験)にてそれを実証しました。現在NC-6004は国内外にて第T相試験が進行中であり、第U相、第V相試験を経ての臨床応用が期待されています。 

 
A1Pt・3Ptは金沢大学薬学部にて開発された電荷型シスプラチンです。1Pt(カチオン型シスプラチン)はシスプラチンに芳香族アミンを結合する(下図)ことでカチオン化(陽イオン化)したものです。それによりシスプラチンを上回る抗腫瘍効果と耐性のクリア、腎機能障害などの有害事象の軽減が期待されます。対して3Pt(アニオン型シスプラチン)はシスプラチンにリン酸基を結合する(下図)ことでアニオン化(陰イオン化)し、骨に集積する特徴をもたせたものです。これにより骨に転移・浸潤した癌に対して効果が期待さレます。現在1Pt・3Ptは当教室にてin vitro、in vivo実験が進行中です。
 

Patient-derived xenograftを利用した個別化医療の検討



 
 頭頸部癌は原発部位によって腫瘍特性が大きく異なり、また化学療法に対する感受性も多様です。従来、ヒト頭頸部癌(口腔、咽頭等)から樹立された細胞株を用いた実験が広く行われてきましたが、遺伝的背景や突然変異の種類が細胞株ごとで異なるため実際の頭頸部癌を代表するモデルとしては不完全でした。
 異種の細胞に対する拒絶反応を全く起こさない超免疫不全マウスにヒト癌組織を移植した(patient-derived xenograft:PDXモデル)は、ヒトがん組織を忠実に再現することが知られており、個々の患者のがん組織を実験動物レベルで再現するモデルとして、世界で開発が進められています。当教室ではPDXモデルマウスを作成し、用いることでより臨床を反映した薬剤評価を目指し研究が行っています。PDXモデルマウスを患者本人にかわる小さな癌患者として活用することで化学療法の評価が可能となれば非常に特色のある研究になります。また本研究は今後多様化する頭頸部癌治療において患者ごとに最適な治療法を選択、すなわち「個別化医療」への展開応用が期待できます。
 

頭頸部癌におけるセンチネルリンパ節生検の意義


 従来、癌の外科的治療では腫瘍とリンパ節転移の可能性のある部分を切除することが標準的な治療とされてきました。これは頭頚部癌では首へのリンパ節転移(頸部リンパ節転移)を起こすと治療成績が悪くなることが知られているためです。頚部リンパ節における手術前の癌の転移の有無は、これまでCT, MRI, 超音波検査などによりリンパ節の大きさや形などに基づいて行われてきました。しかしこれらの検査を行ったとしても、必ずしも正確に癌のリンパ節転移の有無を診断することはできません。例えば舌癌では癌の大きさが2〜4cmほどの場合でも30%に潜在的に頚部リンパ節転移あるとされています。この場合、予防的に頚部リンパ節摘出(頚部リンパ節郭清術)を行うと70%の患者さんでは不要な手術になってしまいます。センチネルリンパ節とは、癌(原発巣)から最初に転移がおこるとされるリンパ節のことを指します(下図)。手術前に特殊な薬剤を癌の周囲に注射し、センチネルリンパ節を同定します。手術の際に、このリンパ節を摘出し癌の転移がなければその周辺のリンパ節にも癌の転移がないとみなします。このセンチネルリンパ節の理論はすでに乳癌や悪性黒色腫などでは広く臨床で行われています。頭頸部癌でも近年その有用性が報告されてきており、当科でも対象の患者さんの同意を得た上で治療を行っています。将来、頭頸部癌でもセンチネルリンパ節生検が標準治療に組み込まれれば、個々の患者さんにあった治療、すなわち頚部リンパ節転移のある患者さんのみ頚部リンパ節郭清術を行うことができます。